今、手元にある「加治川村誌」を確認すると、平安時代に相当する1060(康平三年)年に作成された地図にも、その地名が記載されていたという「金山」集落。
そんな「金山」集落が形成された平安時代、1126(大治元)年に創建されたと伝えられる、金山郷総鎮守である「白山神社」。
現在、この由緒ある社に祀られる神様は「大国魂命」、「菊理媛命」、「天照皇大神」、「倉稲魂命」、「伊須流岐彦大神」で、祭日は毎年九月一日だとの事。
再び「加治川村誌」を眺めると、こちらの神社の「大国魂命」は創建当初、「開拓神」として祀られていたらしいですね・・・。
金山集落を流れる小川を辿った先の山の中に、鉱物の採掘跡があるそうで、「金山」という集落名から察する事が出来る通り、古来はこの地で何らかの鉱物の採掘が行われ、その鉱物を使って周辺の土地を開拓するため、鍬などの農機具が製造されていたのではないかと推測されます。
「菊理媛命」は、全国の白山神社に祀られる「白山比咩神」と同一神とされる神様でございます。
「倉稲魂命」はお稲荷さんで、1911(明治44)年に合祀された近隣の「稲荷神社」のご祭神であったのでしょう。
「伊須流岐彦大神」も、1911(明治44)年に合祀された近隣の「石動神社」のご祭神でしょうね。
境内には、「大山祇神社」の碑も建立されております。
「白山神社」社殿横には「願文山」への登山道があり、「願文山」の山頂付近には、平安時代の争乱で、「後鳥羽上皇」と鎌倉幕府の対立抗争である「承久の乱」に登場する、酒匂家賢を祭る「願文山神社」があるそうです。
ちなみに「白山神社」の鳥居近くには獣を捕らえる檻があり、周辺に餌がまかれていた事。
あと毎年、この金山集落に熊が出没し、さらに熊除けの「鈴」とか用意していなかったので、「願文山」に登るのは次回にしました・・・。
新発田市内は、2023年も熊の出没情報が頻繁に通知されてますからね・・・。