「越後胎内観音像」は、昭和42(1967)年08月に発生した「羽越豪雨(羽越水害)」の犠牲者を鎮魂するために建立されたもの。
昭和46(1971)年07月、「越後胎内観音」参拝者が境内の石を拾い、帰ってから綺麗にした処、石に童女の顔が浮かび上がっているのを見つけたそうです。
この顔が、大水害の際に土石流に呑まれ無くなった幼子の一人に似ていたということで、供養のため「帰林殿」に祀られる事になったそうです。
以下、【ヨタ話】の類なんで、心霊とかオカルト方面にアレルギーある方は、読み飛ばして下さい。
さて先日、とある用があって「童女石」が奉納されるお堂を参拝したんですが。
「童女石」から感じられる「気」が、妙に明るいなーと思いじっくりと観察したら、以前見た時よりさらに微笑みが増していました・・・何故か。
そういえば、昭和46(1971)年07月に発見されたのであれば、今年(2021年)で供養が始まって丁度、50年経過したんですね。
篤く供養されて50年経過すれば、「完全に成仏」するだろう、と・・・。
まあ、石から出てる気と、お顔を拝見するに、「成仏」したんだろうと思われます。
参拝者の信仰心や祈りの心が、水害という悲劇で亡くなった童女の無念の心を救い、成仏の手助けしたんだと考えると、人々の思いやる心が持つ力の凄さを実感出来た体験でありました。
※「童女石」の写真は、「帰林殿」に居た方に許可いただいてから撮影しました。
越後胎内観音
住所:胎内市下赤谷384−1
以前に書いた記事はこちら。