平安時代にあたる大同元(807)年、平成天皇の勅命をうけて再建後、1200年以上の歴史を誇る、山形県南陽市に鎮座する「熊野大社」。
何というか、拝殿の上に天狗さんが居ても不思議でない感じでしたね。
新潟のコミュニティ誌に掲載された「疫病退散のお札」求め、山形県との連絡道路・国道113号を、関川村から山形県西置賜郡小国町経由で南陽市まで。新発田市から片道約90kmほどのプチドライブしてきました。
ちなみに、新発田市から新潟県内で何処まで行けるかというと、県の真ん中(中越)に位置する長岡市までなのよ。南北に長いのよ、新潟(笑)。
熊野大社の御祭神は「熊野夫須美大神(伊弉冉命・いざなみのみこと)」、「熊野速玉大神(伊弉諾尊・いざなぎのみこと)」、そして「家津御子大神(素盞嗚尊・すさのおのみこと)」。
「熊野夫須美大神(いざなみのみこと)」と「熊野速玉大神(いざなぎのみこと)」日本で始めて結ばれた夫婦の神様、縁結びの神様としてもお祀りしているようです。
以下、公式ホームページの記載を引用していきます。
「夫須美」はムスヒの意味。「ムス」はあらゆる物を生み出す意味。「ヒ」は霊を表します。あらゆる命を生み出す霊妙な力をお持ちになった大神様
●「熊野速玉大神(伊弉諾尊・いざなぎのみこと)」
「速」は勢いのある様。「玉」は魂の意味で、生き生きとした魂(生命)の神様。
●「家津御子大神(素盞嗚尊・すさのおのみこと)」
「家」は食べ物の意味。熊野夫須美大神と熊野速玉大神のあいだからお生まれになり、 人間生活で最も大事な食料の神様。
さて今回、熊野大社に参拝したのは、前述の新潟で発行されたコミュニティ誌「キャレル」に掲載された記事で知った、「魔除けのお札」として、よく見かけていた絵姿が描かれた「疫病退散のお札」をいただくのが目的。
こちらのお札は、2020年06月01日より復刻配布始めたようです。
経緯等は「山形新聞」2020年05月18日付け発信記事に、詳細が載っていたので、引用しつつ・・・。
※新聞が発信するネット掲載記事は、一定期間の後、消失する事が多いのでリンク貼らない事にしました。
こちらの「熊野大社」では、2019年より境内にある考古館の改修に着手し、保存していた大量の版木の中から、200年前に作られた「疫病退散」のご利益があるお札の版木、2種類を発見したそうです。
お札に記載された配布元の「熊野山台林院執事」、「宮内蟻王山」から、地元の識者の見解として、明治の神仏分離令前、江戸時代に制作されたお札であろうと推測されるそうです。
てな訳で、現在の世界的な疫病が流行している事により、お札を復刻したようです。
「疫病退散のお札」
2枚いずれも、自宅玄関などに貼りやすい大きさ(縦18cm×横6cm)に復刻したお札が、1枚500円。
「疫病退散のお守り」
財布などに入れて持ち歩ける携帯サイズに縮小したお守りが、1枚200円。
2枚のうち1枚には、天台宗の僧「良源(元三大師)」が描かれております。
元三大師は平安時代、疫病が流行した際、鬼の姿に変化し、疫病神を追い払ったという伝説が残る僧侶であるようです。
「疫病退散のお札」に描かれた姿から、「角大師」や「厄除け大師」とも。蛇足ですが「おみくじ」の原型を作った人としても有名。
配布元として「熊野山台林院執事」と、記載されているようです。
もう1枚は、熊野大社の神様を絵で表現したとされる、「馬に乗った装束姿の男性」が描かれているようです。
こちらは配布元として「宮内蟻王山」と記載されているようです。
また広々とした境内には、30柱の神様をお祀りしているようです。
山形方面に足を延ばした際には、是非とも再訪したい神社でしたね。
熊野大社(日本三大熊野)
鎮座地:山形県南陽市宮内3476-1
電話:0238-47-7777